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最終更新日:2003/11/04
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〜執筆・出演データ〜 |
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以下は、熊野川の子どもたちがあっての私である。
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たんぼ水族館でどろんこ中の
山中 昭岳(やまなか あきたか) |
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〜経歴〜 |
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鳴門教育大学大学院 内地留学
<勤務校> 熊野川町立熊野川小学校 〒647−1211 和歌山県東牟婁郡熊野川町日足570 |
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アキ’s教師への道 2大要素 |
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〜NZ生活〜自らの「生きる力」を試しに渡ったニュージーランド。お金をもたず、言葉も通じず、自分を追い込み、自らで仕事を見つけ、生きていくことができるかを試した。すべては、教師になるためいろいろな体験が必要と感じたためだ。子どもたちを教えるのに教師自身が少ない経験では何も語れないと・・・。 牧場を2カ所まわり、カウボーイをした。おかげで特技に「乗馬」と書ける。牧場での幸せで安心した生活ではダメだと思い、都会へ。ホテルでバーテンダー、免税店の店員と何とか職を見つけ、野球・ボート・サーフィンもする。 ここで、知ったものは「人のあたたかさ」だ。私が出会ったキウィの人たちには、言葉には表せないビッグな親切をいつももらった。 このような経験のもと、子どもたちに「人のあたたかさ」を伝えたいと思った。 |
〜野球人生〜小学校3年生から現在まで続けている野球。野球なくして私の人生(?)は語れない。毎日暗くなっても厳しい練習が続く。中学校での副主将、そして高校での主将、大学での副主将の経験は今の教師としての私に大いに役立っているのではと思っている。 高校では、キャプテンが練習メニューを考えるため、その期間、成績はな・なんと学年順位後ろから数えて数番目・・・。授業中もどのような練習をすれば効率的であり、実践に結びつくかいつも考えていた。大学では、学費、生活費を稼ぎながら野球をやっていたため、先輩にたかったり、極貧生活(ほぼ毎日一日1食)をしていた。こうだったので、アルバイトは選ばず、数え切れないくらいいろいろな職種のものをやった。今、どんなことをやっても別に苦労に思わないのはこのためだろう。ばあちゃんの「若いうちは買ってでも苦労しておけ。」という口ぐせを忠実に守っていたことになる。NZではオールスターゲームにも出る。NZ在住中に受けたメジャーのプロテストの結果、アメリカの大学への野球留学が決まった。(行っていれば、まだ教師にはなっていないだろう。いや、命がなかったかも・・) 現在でも熊野川町で仲間に恵まれ、数少ない若者でつくるチームで全国大会への出場もしている。 強豪といわれるチームでのプレイに縁はなかったが、それぞれでよきチームメイトに恵まれた。自らを厳しく、そして自ら痛めつけ、精神的にも肉体的にも鍛えられることができた。 このような経験のもと、「夢や目標をしっかりもつこと」そのために「努力すること」の大切さを伝えたいと思った。 |
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